2011年5月17日火曜日

インストラクショナル・デザイン(ID) 起源と 企業内人材育成

インストラクショナル・デザイン(以下、ID)の起源は、第2次世界大戦時にアメリカの兵隊教育でした。当時の米軍は、銃の取り扱いや、海洋を渡るための船の操縦、爆弾の製造といった複雑で専門的な作業ができるように、大量の人々を早急に訓練する必要にせまられていたためです。

ここでの訓練は、B. F. スキナーによるオペラント条件づけの理論を根拠として、観測可能な行動の変容に焦点があてられました。行動変容への課題は小さな下位課題に分解され、それぞれの下位課題は別々の学習目標として扱われて訓練されました。戦時下における訓練モデルの成功は、戦後、企業や工場に取り入れられ、また、初等・中等教育においても、限定的に取り入れられました。

IDの目的は、教育活動の効果・効率・魅力を高めることにあることは、前々回に触れました。IDの目的が、効果・効率・魅力にあるのも頷ける発展の歴史を持っていることになります。また、その後のIDへの誤解や現在の方向性についても、前々回に触れたとおりです。

IDは、実践学です。しかし、そのバックグラウンドには、様々な教育論や、学習理論をよりどころにしています。様々な理論を基にして実践でどのように使うのかというところに焦点化されるということになります。よって、難解な教育論や学習理論がわからなくても、IDを用いれば、それなりに効果的・効率的・魅力的な企業の人材育成が実施可能になるという点で、アメリカでは非常に有用に活用されています。

その一例として、アメリカでは、IDの理論・モデルを駆使して、学習環境の分析・評価・設計・開発などを行う専門職をインストラクショナル・デザイナー(IDer)と呼ぶ専門職が確立しています。そのために、アメリカの大学の教育系学部や大学院の教育工学系専攻では、インストラクショナル・デザインを学ぶことができ、IDerの資格認定制度も存在します。企業で人材育成を担当する人は、IDerの資格が必用であり、専門家が企業の人材育成に携わっているということになります。

一方、日本の企業の人材育成にたずさわる人は、様々な業務を経験したのちに、人材開発部門に異動になる場合や、専門職としての知識やスキルを身につけることなく、業務に携わる方がほとんどです。私自身も、営業から育成部門に異動し、初めて人材育成という業務につきました。典型的な、パターンです。

専門家が人材育成を行うのと、これまでの経験で人材育成を行うのとでは大きな違いがあります。全てのヒトは、これまで受けてきた教育の経験から、教育についての独自の知識や経験を有するというのが問題になります。決して科学的ではなく、経験則に基づく教育への偏見から、10人いれば10通りの教育論が存在するとも言われています。誰でも教育者ということになるわけです。誰でも教育者になれるがゆえに、その経験則を基に、教育論を述べることができるというのが、厄介なところです。

こんな情景に思い当たることはありませんでしょうか。居酒屋で、数人で飲みに行っていると、後輩のことで議論になる。どう育てればよいのかというのが主たるテーマになる。その際に、個々がこれまで経験してきた教育や学習から、それぞれの意見が出てくる。これが一致すると良いのですが、結構意見が食い違う。あるいは、あなたが後輩を育成する立場だとする。これまでの後輩の育成方法は、これまでの上司と相談し、結構うまくいっていた。しかし、今度異動になった、あなたの上司の育成方法がこれまでの育成方法と異なる。そこで、結構言い合いになったり、泣き寝入りしたり。そうです、個々それぞれが、何らかの教育論を持っているのがややこしいのです。特に、日本の企業における教育は、この状態で長い間やってきているということになります。

企業の人材育成を担当している人は、IDのバックグラウンドになっている、理論まで知る必要はないとしても、IDがどんなもので、どう使うと効果的・効率的・魅力的な人材育成ができるのかということを、知っていることが必用ではないでしょうか。企業の人材育成に携わる人は、これまでの学習経験や教育経験で、教育論を述べるのではなく、より科学的に学習や教育を考えられるようになる必要があるのではないかと思います。

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