インストラクショナル・デザイン ID とは?
インストラクショナル・デザイン(以下、ID)の目的は、教育活動の効果・効率・魅力を高めることにあります。また、IDとは、教育活動の効果・効率・魅力を高めるための手法を集大成したモデルや研究分野、または、それらを応用して学習支援環境を実現するプロセスを指すことです。
IDという用語は、多くの誤解を招いているのが現状のようです。Web検索で、「インストラクショナル・デザイン」「ID」で検索し、上位に検索されたものの中を調べてみました。その結果、私がIDを学んでいる、熊本大学大学院教授システム学専攻の専攻長の鈴木克明先生に関係する検索結果を除くと、11件になります。その中で、大学または大学院の専門家のものが2件あり、残りの7件について検証してみました。この内、1件は大学のシラバス案内であり、これを除く6件の検索結果先は、企業のコンサルや教育を提供する会社が残りました。
6件の検索結果から、IDの何について記載しているのかをみていくと、6件ともにIDについて、インストラクショナル・デザイン・プロセスモデルのADDIEモデルについて記載されています。ADDIEモデルが記載されているだけでも良いのかもしれません。一時期前であれば、それすら記載されていないものもありましたから。 「ID」イコール「IDプロセスモデル」というのも残念な結果でした。ADDIEモデルはシステム的に問題を解決していく際に用いる一般的なプロセスを示し、プロセスの各段階で何をどう行うかの手法において、IDの研究知見が詰まっているプロセスモデルです。
ADDIEモデルをもう少し詳しく述べると、分析のプロセス、設計のプロセス、開発のプロセス、実行のプロセス、評価のプロセスになります。これは、企業でよく用いられるマネジメントサイクルのPDCAサイクルに近い考え方です。あるいは問題解決のプロセスにも近いものです。そう捉えると、企業教育を担う方には、企業教育に、PDCAサイクルのようなマネジメントのプロセスを持ち込んだ、あるいは、問題解決のプロセスを持ち込んだという理解をすると分かり易いのかもしれません。
IDへの最初の誤解は、IDはこれだけと理解していることによるのかもしれません。このプロセスを回せば、IDの目的である、教育活動の効果・効率・魅力を高めることができるという誤解です。マネジメントサイクルをしっかり回せば、マネジメントできるかというとそうでもないですよね。私自身も経験しましたが、皆さんも経験されていると思います。マネジメントサイクルを真剣に回すことは、相当にタフでないとできませんし、タフに回してもマネジメントが成功するとは限りません。これと同様に、ADDIEモデルを回しただけでは、IDの目的が達成できるとは言えないのです。IDの目的である企業での教育活動を効果・効率・魅力を高めるためには、他の手段も取り入れる必要があると思われます。
例えば、効果を上げるためには、誰に対してどんな目標達成のために教育や研修を実施するのかを明確にすることが必要です。すなわち、企業教育における入口(教育研修対象者の状況)と出口(教育研修の到達目標)を明確にすることが必要になります。そのためには、対象となる学習者の現状を把握すること。また、学習を終えた時点でどのような状態になっているのかを明らかにすることが重要になります。これらの2つのポイントが明らかになったら、次に、学習対象者の現状から、学習終了後に至るべき状況までを、どのように埋めていくのか(ギャップを埋める)を考えます。これが企業の教育研修になります。企業の人材育成は、学習者の出入口を決める。次に、そのギャップをどう埋めるか考える、ということになります。そんなに難しいことでは無いことが理解できます。
では、実際の企業人材育成は、どうなっているのでしょうか。前項のように、簡単なロジックですが、実際に実行するのが難しいのが現状のようです。例えば、数年前まで企業の人材育成のフォーカスポイントであった、リーダーを育てろということになると、実情はどうだったのでしょうか。まずは、経営会議等で、あるいは、トップダウンで、リーダーを育てろという指令が、企業の人材育成担当者に降りてきます。すると、企業の人材育成担当者は、リーダーを育てるのか。これまでだって、それなりにリーダーは育ってきているのではないかと感じつつ行動に出ます。最初にとられる行動はどんな行動なのでしょうか。大抵の場合、リーダーシップに関する研修を見つけるという作業が、企業の教育現場で起こっているのではないでしょうか。すると、教育ベンダーの中から、リーダーシップ研修を提供している会社をいくつか見つけ、数社によるコンペ等で決める。あるいは、会社のマネジメント層の誰かの知り合い、または、人材育成担当者の古くからの知り合いの教育ベンダーに相談する。このようなプロセスを通って、誰かがどこかで受講した、○●のリーダーシップ研修が良いということになり、その会社に、○●リーダーシップ研修が導入される。リーダーシップ研修の受講対象者は、30歳から40歳の次期リーダー候補が選ばれる。極端な例かもしれませんが、そんなには遠からずというところではないでしょうか。企業人材育成担当者としては、ここで導入したこのリーダーシップ研修で示されるリーダー像が、会社のリーダー像になれば良いと思いながらも、リーダーシップ研修を開始はした。企業人材育成担当者は、研修実施後研修対象者を、1年間ほどフォローアップし、教育ベンダーさんからは、リーダーが育ってきていますといわれる。しかし、企業人材育成担当者には、実際にリーダーが育っているという、実感はまだ持てない、ということになる。一方、研修を受講した社員は、リーダーシップ研修は受けたけど、これからどうなるのという漠然とした疑問が残っているというのが現状でしょうか。
私が最近確認したリーダーシップ研修(ある有名な外資教育ベンダーのリーダーシップ研修)は、トラディッショナルなリーダーシップ研修で、リーダーの発揮すべき行動に準じて、リーダーとしての発揮すべき行動を、これまたトラディッショナルなUSAの測定方法にて測定し、それを基に研修します。リーダーシップの発揮というのは、その組織の構成員により、また、業務内容により、あるいは、周りの環境により発揮すべきリーダーの要素は異なるのが普通です。それらを、状況に応じて使い分ける必要があります。これは、シチュエーショナルリダーシップ論ですね。しかし、ここで教えるのは、リーダーとしてこんなタイプのリーダーを目指してくださいという内容でした。これで、リーダーが生まれるのか?という疑問の残る研修内容でした。この研修には、研修終了、1年間のフォロ-アップがありますが、その後どうなるのかは不明です。「これで良いのか、リーダーシップ研修」ですね。
このベンダーさんの営業の方の話では、これを鵜呑みにする人もいるようです。ある会社の事例として話を伺ったのですが、彼ら/彼女らが成功した他社の事例をマネジメント層のヒトへ話したそうです。内容は、社内の業績の良い部署は、彼/彼女らがお薦めするリーダーシップタイプに合致しているという1データについてです。すると、それを信じてもらえたそうです。
現況をよく知らないマネジメント層のヒトなどは、業績の良い理由には、他の多くの背景があるのには気付かずに、その業者の発言を信じてしまうのでしょうか。しかし、この例では、マネジメント層のヒトが悪いわけでも、教育ベンダーの方が悪いわけではないのかもしれません。企業教育を取り巻く、ステークホルダーという視点で再度見直してみると、それぞれの人たちが一層懸命にやっている結果なのかもしれません。この件については、後日どこかで、企業教育を取り巻くステークホルダーという視点で考察したいと思います。
どんどん、話が別のところへ行ってしまいました。ここで、「リーダーシップ研修のどこがおかしいのか。」について、話を戻したいと思います。問題点は、最初のボタンの掛け違いにあることが明らかです。「リーダーを作れ」イコール「リーダーシップ研修」というボタンのかけ違いです。なぜ、リーダーを作るのに、リーダーシップ研修が必要なのでしょうか。IDの目的の最初に戻りたいと思います。IDの考え方では、企業教育で効果を上げるためには、誰に対してどんな目標達成のために教育を実施するのかを明確にすることが必要です。リーダーを作るのはよいのですが、リーダーとはどんな人なのかという出口、すなわち、ゴールを明らかにしなければなりません。また同時に、現状はどうなのかという入口も明らかにする必要があります。この企業で求められているリーダーとはどんなヒトを指すのでしょうか。また、求めているリーダー像が明らかになった場合に、現状の従業員はどんな状況にあるのでしょうか。これらが最初に定まれば、何をすべきなのかということが明らかになってきます。現在の企業の人材育成上の課題は、「リーダーを作れ」というところから「グローバル人材を作れ」という課題に移行してきているのだと思います。これも、同じように考えてみればよいと思います。
ここでは、IDが目指す、効果的な教育の提供についてのさわりの部分のみについて、具体的な考え方を示しました。ここで事例を挙げて触れたのは、IDの効果的な教育を行う際の、最初のとりかかりについてです。IDを実施する際の基本理論という位置づけになるのでしょうか。これだけで企業内教育が、効果的になるかというと、そんなことはありません。また、その他のIDの目的である、効率的、魅力的という点についてはまだ触れられませんでした。
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